スローでロハスな不妊治療★すし太郎日記

両側卵管閉塞でFT手術後に体外受精。1周期で妊娠したけど子宮頸管無力症で18週に流産でした。中期流産を経て妊娠して娘を出産、そして、二人目体外受精の挑戦を記録したブログです。

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この病気の名前は本なんかで見たことある程度で、入院当日に担当医から診断されるまでは自分がこの病気になるとはちっとも思っていませんでした。多くの方がおっしゃられてるように、自覚症状がなく、タイミングよく検診がある以外は、手遅れになる場合も多いようです。涙

赤ちゃんは元気で最後の最後まで立派に成長を続けていく様子を横目に、子宮口が開き妊娠が継続できなくなっていくのですが、突然の宣告になすすべもなく、元気な赤ちゃんを看取らなければなりません。ちょうどお腹が大きくなりはじめ、妊婦としての喜び、赤ちゃんへの愛情がどんどん大きくなり始める18週~20週頃に症状の突然でるのが典型的な症状のようです。初産の場合、予測するのが大変難しく、また、完全に子宮口が開いてからだと有効な措置をとることもかなりのリスクがあるようですが、経験的に分かっていれば予防措置もとれるようです。一人でも多くの人がこの病気のことを知って、元気な赤ちゃんを無事に産めることができたらと本当に心から願います。あんな思い、できるだけ誰にも味わってほしくないと強く思っていますstar pink


で、今日は私の場合について詳しく書いていこうと思います。


症状

「お腹の張り」ついて
一番よく言われる自覚症状の一つがお腹の張りです。私は初産であったため、この「張り」自体がどういうものかをよく分かっていなかったように思います。病院に運ばれた時も看護婦さんに「お腹が張ってるでしょ?」って聞かれたけど、正直、そんな気もするかなって感じでピンときていませんでした。この張りに気づいていれば、もう少し早くに、手遅れになる前に病院に足を運んでいたと思います。今振り返ってみると、1週間~10日ほど前から軽い張りを感じていたように思います。しかし、妊娠時期にはこんなものなのかなと大して深くは考えていませんでした。入院の2~3日前は母親と二人で「お腹少し硬いね」なんて話していたのですが、まさか子宮口が開き赤ちゃんが出てこようとしているとは頭の隅にもなく、疲れているのかな位に思っていました。入院前日、福岡にいる主人と夜電話で話しているときにソファーにもたれかかってお腹をさすっていた時に、下腹部が硬くて少し膨れているなと思ったのはよく覚えています。いずれにせよ、お腹の張りがこうした早産のサインである危険性をよく理解していれば、もう少し別の行動をとれたはずです。お腹の張りを察知することがある程度事前に対処できる程度の時期に子宮頸管無力症を発見するために、妊婦自身ができる数少ない防御策のように思います。

痛みについて
下腹部痛など痛みに関しては私は全然感じませんでした。私の早産に対する先入観は、激痛や大量の出血を伴うというイメージでした・・・

出血について
入院当日の朝、おりもの状の出血がありました。トイレにいって、トイレットペーパーに500円玉くらいの量だった記憶があります。少しびっくりしたので母親を呼びましたが、これが「おしるし」だとは時期的に全然頭になくて、疲れているのかなと思い、その日一日ゆっくり過ごすことにしました。しかし、お昼寝をして夕方に目覚めトイレに行くと、また、同じような出血があり少しずつ心配になってきます。福岡の主治医に電話で相談すると、切迫早産の疑いがあるから近所のお医者さんに至急診てもらいなさいという指示を受け、病院を探しだしましたが、土曜の夜ということもあり、救急担当の病院に連絡。電話の前に2時間ほどかけ続けるがどこも見つからず、結局119番で救急車で弟夫婦が出産した病院に運ばれました。


炎症について
私は炎症反応は検査の結果ありませんでした。中期の早産において、その他の症状とともに、炎症反応がないということが子宮頸管無力症と確定診断する大きな根拠となるようです。炎症がある場合、絨毛膜羊膜炎なども考えられるようです。B群溶蓮菌(GBS)検査も陰性でした。


診断内容

子宮頸管無力症による胎胞脱出
救急車で運ばれるやいなや、腹部エコーと頸膣超音波で診察。赤ちゃんは元気そのものでしたが、4センチほどの長さでぴったりくっついているはずの頸管部分はなく、子宮口も3センチほど開いている状態で、中から赤ちゃんの入った袋(胎胞)が膣内に3センチほど飛び出している状態でした。赤ちゃんの袋を包んでいる羊膜は外気に触れるともろくなる性質があり、膣内(子宮外にでると)で外気に触れている状態なので、いつ破水するかわからない大変危険な状態だということを説明されました。私は即絶対安静の状態におかれました。

処置
子宮の張りを抑制するウテメリンといわれる薬の点滴と子宮の羊膜を保護するお薬を膣内に挿入してベッドでの絶対安静。子宮口が開き子宮内も弛緩した状態になれば、脱出した胎胞をなんとか子宮に戻し、子宮口をシロッカー法で縫い合わせてしまうというのが手術計画でした。

ウテメリン:心臓がどきどきしてきて、少し締め付けられるような副作用があると説明を受けましたが、実際にありました。24時間程度すると体が慣れて自覚しなくなっていきました。子宮の収縮を納めてくれる作用がありますが、中には、このウテメリンが効かない場合もあるそうです。私の場合は、お腹の張りはとれ、やわらかくなっていました。このときはじめて、お腹が張っていたんだと気付かされました。

子宮頸管縫縮術:子宮口を縛ってしまうらしく、マクドナルド法とシロッカー法などいく種類かあるそうです。

手術
なんとかウテメリンのおかげで破水もまぬがれ、手術を受けることに。手術は、ウテメリンと下半身麻酔で筋肉が弛緩したところを物理的に逆さまにすることで出てきた袋を元にもどることを期待しつつ、口を縫い合わせるということでした。私は、肩を支点に逆さまになった状態(ヨガでいうショルダースタンド)で30分から40分頑張ったと思います。なんとか脱出した袋はいったん子宮にもどったものの、羊水の検査をしたところ、子宮内で破水しているという残念な結果となりました。

下半身麻酔:下半身にのみ麻酔が効くので、基本的には体に負担が少なく、赤ちゃんへの影響もないと説明されました。麻酔によって、消化器官がマヒするため、嘔吐などの症状が現れるので、手術当日は絶食で、翌日は10分がゆ、5分がゆと復食していき、翌々日からは油控え目の普通食に戻りました。そのほかの副作用としては、手術翌日くらいからかなりひどい頭痛がありましたが、3-4日のうちに徐々におさまっていきました。



私に与えられた選択肢は、手術を受けず安静状態を保つか、赤ちゃんの命を積極的に助けるために一か八かの手術を行うかでした。担当医の説明によると、18週ということもあり破水した時点で赤ちゃんの助かる見込みはないということ、赤ちゃんの救命処置が施せるといわれている22週までの1ヵ月間を破水せずに乗り切れる可能性はほぼなく、どんなに長くてももって1週間程度で遅かれ早かれ必ず破水するという説明を受けました。ただし、手術の成功の可能性もかなり低く、もろくなった羊膜を破らずに無事に子宮内に戻すことは至難の技であることも聞かされました。手術がうまくいかなかった今となっては、絶対安静で待っていたほうがよかったのではないかと後悔することもあります。しかし、私たち夫婦は手術にかけるという選択をしました。どちらが最善の選択であったかは、今はよくわかりません。




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子宮頸管無力症について私なりに調べてみました。ネットでのリサーチなので、専門的にはよくわからにけど、間違いなどもあるかもしれません。ご了承の上、読んでください。




原因
子宮頸管無力症の原因はよくわからず、多くの場合は体質的にこの筋組織が弱く、頸管がやわらかくなって開いてしまうのではないかと考えられている。過去のお産が難産であったり赤ちゃんが大きくて子宮頚部に傷のできている場合や(頚管裂傷)人工妊娠中絶・流産手術などによる外傷によるもものも考えられる。また、子宮奇形、頚官短縮などの先天的なもの、さらに子宮筋腫、多胎妊娠、羊水過多、頚官炎なども挙げられる。原因不明によるものも少なくない。

症状
子宮頸管は赤ちゃんがいる子宮腔から膣につながる長さ3~4cm程の管で、妊娠中は赤ちゃんや羊水の入った袋をささえ、分娩時には開口して産道に変わるという柔軟性に富んだ筋肉組織。この部分が何らかの理由で弱くなって子宮口が開いてくる病気が頸管無力症である。妊娠中期(18週頃)から後期に発症することが多いが、とくに20週前後に多く、子宮収縮がないのに自然に子宮頚管が開いて流産してしまう。痛みが伴っていることもあるが、全くないこともある。出血すらぎりぎりまでないこともある。下腹部や腰のなんとなく重い感じや水っぽいおりものなどあることもある。

特に既往がなく正期産での分娩歴もある患者、初産の患者だと診断が難しい。

<参考>
妊娠22週から24週の時点の子宮頚管長は平均で36mm。この時点で15mm以下の場合は98%が妊娠33週以前に早産となる。また21-29mmの場合は25%が早産となり、30mm以上では早産となる場合は1%以下。


対処法・予防措置
初産の場合、また、前回の出産が正常出産であった場合も難しい。現在一番あてになりそうなのは経膣超音波検査で子宮頚管長を測定するという方法である。しかしながらこれは妊娠20週から30週に測定した子宮頚管長が早産になった週数と関連があるといった程度のものである。

現在は、前回の妊娠で子宮頸管無力症と診断された場合は、次回の妊娠で12週~16週の早い時点(頸管の十分に長い時点)で子宮頸管縫縮術(頸管を縫い合わせしまう手術)を行うのが効果的であるといわれている。

<参考>
縫縮術には数種類ある。代表的なものはシロッカー法とマクドナルド法

シロッカー法:内子宮口の高さで子宮頸管を縛る。 子宮頚部の前方(膀胱側)と後方(直腸側)で切開して直接筋層に糸をかける 。マクドナルド法より奥の部分で縛る。
マクドナルド法:内子宮口よりやや下方の位置で子宮頸管を縛る。
どちらの場合も10カ月の臨月に入った時点で抜糸し、産科的問題がほかになければ通常の頸膣分娩で出産。
(手術名不明):子宮内で縛る。ただし、子宮内を縫合するため、出産方法は帝王切開となる。

術中・術後の合併症
●手術中や手術後にまれに破水することがある。
●子宮のなかにまれに細菌感染をおこすことがある。
●手術後、しばしばお腹がはることがある。
●頸管をしばっても子宮口が開いてきてしまうことがある→特に週数が進んでいたり、緊急度が高かった場合

予防的に手術を行った後の生活については個人差がある。経過観察のみで、ほぼ通常の生活を送りつつ臨月まで持つ人もいれば、張りが強かったり、子宮口が開いてしまったり、糸が切れたりして絶対安静の入院を強いられる人、ある程度の様子をみつつ入退院を繰り返す人、早産になってしまう人、臨月で産む人などなど。しかし、予防的に手術を受けた人の80%~90%の人は無事に赤ちゃんを出産しており、その中で早産である率は20%~30%程度という有効性を示している。





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陣痛が30分おき程度にやってくる。ごめんねという私のそばで主人が無理した笑顔で手を握ってくれている。残念だったけど、がんばったねと励ましてくれる。なにも言葉にはならなかった。様々な感情が混濁しているのをよそに、陣痛の間隔がどんどん短くなっていく。痛みが背中をはしるたびに、抱えきれない感情がかき消され、少し楽になるような気がした。なにも考えたくなかった。


背骨を砕くような痛みがやってきて本格的に分娩が始まった。3月31日16:43、手術後2時間後のことだった。生まれたとき、すし太郎は270グラム。少し苦しそうに眉間にしわを寄せていた。鳴き声もない静かな誕生だった。


遠くでT先生が「会わせてあげてね」と言っているのが聞こえる。するとM先生がやってきて、赤ちゃんと対面しますか?と聞いてきた。私たちはもちろんですと答えた。


看護婦さんが緑色の布にすし太郎をくるんで連れてきてくれた。手をのばして初めての我が受け取ると、それは思ったよりもずっしりとしていた。



主人そっくりの立派な男の子だった。



私は入院して以来はじめて大声をあげて泣いた。滅多に涙を見せない主人も泣いていた。そして二人ですし太郎を抱いた。



手足が長く、指から体型から顔とほんとうにパパにそっくり。あまりに似ているので私たちはほんとそっくりだねーといって顔を見合せて笑った。冷たくなってしまっているけど、本当にかわいいわが子だった。そして、ずっとずっと話しかけてあげた。「ごめんね」と「ありがとう」を何度も繰り返し言っていた。


およそ30分間、私たちは親子3人水入らずの時間をすごした。それは、すし太郎がくれた大切な時間だった。悲しくてさみしくて辛いけど、本当に素晴らしい時間だった。この瞬間がずっと続いてほしいと願ったが現実的に無理だった。手放すことに躊躇している私たち夫婦のところに申し訳なさそうに看護婦さんがやってきた。そしてすし太郎を手渡した。


すし太郎、ありがとう。すし太郎が私たちにもたらしてくれたこと、おしえてくれたこと、あたえてくれたこと、赤ちゃんって本当に素晴らしい宝物だってこと絶対に忘れないと心に誓った。






この時は何か少しでも前向きなことや良かったことはないかと一生懸命泥の中から宝物を探し出そうと一生懸命だった。でも、宝物を見つけておかないと、後になってもう一度泥の中に戻っていく勇気が湧いてくるとは思えず、必至だった。でも、宝物はでっち上げでもないし、本当に素晴らしいと思っていたし、今も思っていることには変わりはない。この日のことは絶対に忘れないし、すし太郎は私たちの大切な最初の子供であることは絶対に変わることはないと思っている。





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「破水してませんね!無事に手術が行えますね。」

いよいよ手術です。朝から絶食となっている。内診後、手術の手順などを一通り説明を受け、手術室の横の部屋に移動となる。引き続きウテメリンとブドウ糖の点滴をしつつ、剃毛し、手術に備える。

成功の確率は低いと聞かされている。これが最後になるかもと思い、超音波の画像を見たことのない主人にすし太郎に会いたいかを確かめる。主人はもちろんだと答える。そこで、先生にお願いしたら、超音波のモニターをもってきてくれ、手術前に30分ほどじっくり様子をみせてくれた。相変わらず、すし太郎は元気で、入院中にも40グラムほど増え、身長も一回り大きくなっている。心拍も強く、先生が本当に元気ですよとお墨付きをくれる。いろんな角度からじっくりとすし太郎と対面した主人は大喜びだった。

すると、先生が一瞬止まった。そして「みたいですか?」と意味ありげに聞いてきた。性別のことだった。すし太郎見事に開脚していてモニターに様子が映っていた。


「これはまぎれもなく男の子ですね。間違いようがないですよ!」


私たちはこれまで「すし太郎」と呼んでいたが、男の子か女の子かはわからなかった。なんとなく男の子と思いつつも、ネーミングのいきさつは全然ちがう。でも、やっぱり男かーとうれしくなってしまった。主人も大喜びである。成功の見込みの少ない手術を前にも、これまで以上にうれしかった。赤ちゃんが元気でいるようすを主人と二人で幸せを感じながら話し合えるこの時間が本当にかけがえなく、いつまでも続いてほしかった。


「元気に今日の手術のりきろうね、すし太郎。まだ出てきちゃだめだからね。もう少しお腹の中にいてね。」と二人で何度もお腹に話しかけていると、手術の時間が来たことを告げられた。




手術室に入るとすぐに下半身麻酔の準備が始まった。背中に消毒し、注射しているのがわかる。しばらくすると足がぽかぽか温かくなってくるとすぐに感覚がすっかり麻痺してしまった。意識ははっきりしている。先生たちの会話もすべてはっきり聞こえてくる。


出てきた赤ちゃんの袋を重力を利用して子宮に戻すため、私は逆立ちの格好で手術が行われる。時間の感覚がよくわからないけど随分経ったような気がする。それに全体重を肩で受けているので少しずつ肩も痛くなってきた。

「よく戻せたな」


先生の声が聞こえてくる。どうやら脱出した袋が子宮にもどったらしい。一瞬、安堵と喜びを感じるがすぐさま先生がこう言った。


「なんとか袋は戻ったけど、破水しているかもしれないからそれを確かめますね」


私は祈るような気持ちで答えをまった。すると、一瞬の間をおいて、残念ですが破水していました、という答えが返ってきた。そして、執刀医のT先生は主人に状況を説明しに手術室でていった。


私は終わったのが信じられなかった。まだこれからもなんとか頑張る手だてはないのかと、状況も選択肢もよくわからないままに一生懸命考えていた。何かできるはず、何かできるはずと訳もわからずに考えていた。外からしばらくして先生は戻ってくると、私にこのまま袋を戻した状態で手術を終えるが、分娩に入って赤ちゃんを産むか、私の希望を確かめようと聞いてきた。


何がいまベストなのか、何が最善なのか昨日から主人と話し合ってきたことを一生懸命思い返しなんとか答えようとした。懸命に命を助けようとしてくれた先生や看護婦の皆さんの前で泣くことはしたくなかったので、冷静になろうと、最後まで頑張らないと、すしと一緒にがんばらないと自分を諭しながら先生に質問した。


「このままおいて子宮においておいたら赤ちゃんは助かることもあるんですか?可能性は?」


先生の答えははっきりしていた。可能性はないとのことだった。今はまだ生きていますが長くは持ちませんといわれた。もうどうすることもできなかった。でも、判断を迫られていた。今決めなければならなかった。そして私は勇気を振り絞って答えた。


「どうする事も出来ないんですね」と聞く私に先生はうなずいた。



選択しなければならなかった。今すぐ返事しなければならなかった。私は胸が引き裂かれるような思いで限りなく勇気を振り絞ってこう答えた。


「助かる見込みが全くないのであれば、次に元気に赤ちゃんを産む可能性をなくしてしまわないように積極的に分娩することにします。」

涙が止まらなかった。一生懸命元気づけてきた自分、張り詰めていたものが全部ぶっ飛んで行き、涙があふれてきた。次の可能性とはいえ、今ここにいる赤ちゃんの命を奪ってしまうことを自ら選択しているのだ。一秒でも一時間でも生きていてほしいという気持ちがあるのに、これでいいのだろうかと自分を責める気持ちがやまなかった。何が正しいのか、何が最善なのかどうでも本当は良かった。なんでもいいからすし太郎を助けてくれと叫びたかった。


「その方が賢明だと思うよ。辛いだろうけど、羊水は感染症も起こしやすいし母体も弱っているから子宮の状態を悪くしかねない。そうしなさい。本当に残念な結果になってごめんね」


先生はそういうと陣痛促進剤の点滴を準備するように看護師に指示して、手術室を後にした。





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昨日の夜はまったく眠れなった。子宮の収縮を抑えるというウテメリンの副作用らしく動悸が激しい。朝、看護婦さんが赤ちゃんの心音をチェックしに来てくれる。シュワシュワと元気な音も聞こえてきて「赤ちゃん元気ですよ」という看護婦さんの言葉にほっとする。頑張ってくれてるんだな。私も頑張らなくては!

絶対安静ということで食事も寝たきり。なるべくじっとしててねといわれている。朝ごはんも運ばれてくるが食べるどころではないし食欲もない。


しばらくすると昨日救急のときに診察してくれたM先生がやってきた。


「まだ破水してませんね。よかったです。」


やはりいつ破水してもおかしくない状態は続いているようだ。診断の結果と今後の方針を説明しに来てくれたようだが、主人が面会開始時間の10時頃には福岡から来ると告げると、来てから説明をするということになった。


主人がやってきた。このところの激務で疲れているはずなのに、朝いちばんの電車でやってきてくれた。なんといっていいか分からない。ごめんとしか言えなかった。主人はできる限りの笑顔で大変やったなぁと慰めてくれる。昨日は電話を受けてから「子宮頸管無力症」について調べてきたらしくいろいろ説明してくれる。弟も両親から状況を聞いて朝すぐにやってきた。主人のリサーチ結果を聞きながら3人でどういう選択肢があるのか、今後どうしていくべきかを話した。少しはなんとかなるのではないかと勇気づけられる。


しばらくするとM先生が戻ってきた。


子宮頸管無力症です。子宮口が出産時と同じ様に全開していて赤ちゃんの入った袋が出てきている状態です。いつ破水してもおかしくない状態です。遅かれ早かれ破水するでしょう。その前に成功の確率は低いですがその袋をもどして、子宮口を縛ってしまう手術という方法もあります。赤ちゃんの命を助けるには一か八かですが、その手術をしないと・・・」


子宮頸管無力症 胎胞脱出


聞きなれない病名を心の中で繰り返した。

「赤ちゃんの袋が出ているのが致命的です。羊膜は一度空気に触れるともろいんですよ。仮に戻せたとしても破水する可能性は否めません。今の状態で赤ちゃんの存続が可能となる22週まで持続することはまず難しいでしょう。今の状態を維持できて2・3日程度・・・・今のままだと遅かれ早かれ破水です。」

今はまだ18週2日。22週まで1か月もある。手術にかけるしかないように私たち夫婦には思われた。
相談した結果、できるだけのことはやってみようということで手術をすることにした。説明によると、今日一日破水することなく持てば手術は明日。今は不安定な状態なので、お腹の張りを抑え、できるだけ弛緩した状態をつくるよう一日まって明日の午後に手術することになった。


この日一日は主人と病気について、そして、手術について話しながら過ごした。そして時折看護婦さんがくると心拍を計ってくれた。主人は初めて心拍を聞いた。とても力強くて元気な音だと喜んだ。



こんなに元気なのに赤ちゃんの命が危機に瀕しているとは思えず、絶対に助かるんだ、明日にはみんなで笑っているんだと何度も何度も自分に言い聞かせた。





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